2日目 圧巻!兵馬俑

『ぜんぜん小さかったよ。』

『大したことないから。』

『あんまり期待しちゃダメだよ。』
というのが、我々が今までに会った中国人の、兵馬俑の評価。

しかしそれでも、言わずと知れた兵馬俑!秦の始皇帝が、死後の安寧を得るため、自身の墓の周辺に陶器で造った兵士の像を並べさせたというアレ!見ないわけにはいかないだろう。

ということで行ってみたんですが、結論から言えば凄かった。
朝はゆっくり過ごして、ホステルの近くのイスラム居住区で食事。八宝菜的なトロッとした食べ物と包子を食べる。中国に入って何度目の包子だろうか?安いうえに種類も豊富で、全く食べ飽きない。

鉄道駅まで行き、そこからバスで兵馬俑まで向かう。

中国の観光地にはランク付けがあり、張掖の丹霞地形や大仏寺はAAAA級、ここはAAAAA級、最高ランクのファイブスター。嫌が応にも期待してしまうんだけど、みんなのアドバイスを踏まえてぐっとこらえる。

以前に来たことがあるというユイとはエントランスでお別れし、ニール、世界一周婦人と俺で、いざ入場。

『中には3つの展示室があって、一番小さい第3展示から2、1と巡るのが良いらしいよ。』

とニール。なるほど、メインディッシュは最後に残すという作戦。

第3展示は確かに小さな建物の中にあった。ただいまの研究では、兵士たちの参謀司令部だった場所とされている。

いや、凄い。一番小さいと言われる第3展示ですら、結構な満足度。遠目から見ても一体一体に細かな模様がつけられているのがわかり、2000年以上前に作られた陶器とは思えない。

そして向かった第2展示。こちらに入ってすぐの感想は、『あれ、まだ発掘途中なの?』てな感じ。50メートルくらいはありそうな大きな建物の中には、それに見合った大きな穴が空いてるんだけど、兵士たちの姿は見当たらない。というか、ぱっと見て縞模様になった土が波打っているだけ。

これ実は、発掘される前の段階が展示してある。兵馬俑は、地中に大きな穴を掘り、陶器の兵士たちを安置し、その上を丸太とシートでカバーしてから、土を盛られている。つまり地下に人工的な空間を造ってそこに像を並べてあるんだけど、長い年月を経て丸太が弛み、結果このような縞模様と波打ちになった、という訳。おそらく像はその弛みで押し潰されてしまってるだろうけど、これはこれで興味深い。

また第2展示には、非常に保存状態のいい兵士たちの像の展示もある。いや、もしかしたら複製品かも知れないんだけど、かなりの人気で人だかりが出来ていた。

あれだけ多くの兵士の像だから、一つの型に粘土をはめ込んで整形する、つまり同じ顔と形をした像が並んでいるんだとばかり思ってたんだけど、どうも違う。まあ、胴体部分とかパーツによっては型があるのかも知れないけど、少なくとも顔は見た限り一つ一つ全部違う。

実在した兵士の顔なんだろうか?だとすれば、皇帝が各個人に一人一体の像を供出するよう命じたんだろうか?それにしては兵士の顔が勇ましくポジティブで、無理強いされて造られた風には見えない。むしろ、『死後の世界でも皇帝をお守りします』的な気概さえ伺える。まぁ、これは自分の感覚でしかないけれど、凄まじいカリスマ性だったんだろうなぁ、政。
そして、メインイベント第1展示。

目の前に、どーん。

と広がる、兵馬俑。

何百?何千?ものすごい数の兵士が整然と並んでいる。中には馬の陶像も混ざっている。圧巻。ニールは、ガイドブックの表紙の写真になってる兵士を探したがっていたんだけど、そんなのぜんぜんムリ。

いやぁ凄い。まぁ、周りのみんながハードル下げてくれてたから、そんなに期待してなかったってのもあるし、小さな展示から巡るという作戦も功を奏したんだろうけど、感動した。

長旅して色んな自然や文化に触れると、妙に経験値がたまって『アレのほうがコレより良かった』みたいになってくる。事実そういう時もあるんだけど、それはレベルアップというよりむしろ感性の鈍化だと思う。

兵馬俑を見て『大したことない』というのは、正直、明らかに鈍化だろう。古さ、大きさ、像一体一体のクオリティの高さ、どれを取っても超一流。そもそもこんな墓、世界中どこを探してもここしかない。日本の古代墳墓にあるハニワも、きっとここが起源だろうし。

あ、ちなみに、秦の始皇帝が眠っているのは、ここ兵馬俑の真ん中、というわけではない。2キロほど離れたところにある丘陵が、彼が本当に眠る場所。

大昔は主君の死に合わせて家臣も殉死する、なんてこともそんなに特殊じゃなかったから、始皇帝は、あんな陶像を、あえて作らせたんじゃないだろうか。せっかく中国を統一したのに、それを支えていく有能な家臣が自分と一緒に死んでしまったら、一体誰が秦を支えていくのか?殉死を未然に防ぐための措置として、兵馬俑を思いついたのかも知れない。まぁ、結果としては彼の死後すぐに帝国は崩壊してしまうんだけど。
そんなこんなで、気がつけば辺りはもう真っ暗、19時の最終バスで西安の街まで帰る。自分たち自身でも、まさかこんなに楽しむとは思っていなかった。

宿に帰って、夕食は周辺の屋台で食べ歩き。ぷるんぷるんのお米のゼリー、羊肉のスモークのハンバーガー、串焼きなど食べる。

まずは第三展示場へ。

第三展示。

第三展示、見所はこの美しい馬達ではないでしょうか。今にも動き出しそうに感じられます。

第三展示、見所はこの美しい馬達ではないでしょうか。今にも動き出しそうに感じられます。

見つかった当初、ここまで壊れていた陶器。

見つかった当初、ここまで壊れていた陶器。復元作業は今も行われています。

第二展示では陶器の兵士達を間近で見ることができます。着ている服から、その人物の立場がわかるのだとか。ちなみに恰幅のよいこの人は、二重になったズボンや、甲冑の種類から判断して、ランクの高い人物だそう。

第二展示では陶器の兵士達を間近で見ることができます。着ている服から、その人物の立場がわかるのだとか。ちなみに恰幅のよいこの人は、二重になったズボンや、甲冑の種類から判断して、ランクの高い人物だそう。

第一展示。

第一展示。

そもそも兵馬俑が見つかったのは、ある人が井戸を掘っていたら兵士の陶器の破片が見つかったため。その井戸の場所がこちら。

そもそも兵馬俑が見つかったのは、ある人が井戸を掘っていたら兵士の陶器の破片が見つかったため。その井戸の場所がこちら。

元々鮮やかな色も塗ってあった兵士達。2000年以上ぶりの日光を浴び、色は消えてしまったそうです。

元々鮮やかな色が塗ってあった兵士達。日光を浴び、色は消えてしまったそうです。

しかし、色がなくてもこの詳細に作られた陶器の兵士達を見れば、2000年以上前の人の姿を想像できます。

しかし、色がなくてもこの詳細に作られた陶器の兵士達を見れば、紀元前のアジア人の姿を想像できます。一体一体、同じ職人が作ったようにテイストは似ています。しかしそれでいて耳の形も髪型も人によって随分異なります。実際にいた兵士達の生き写しを作ったようにしか感じられません。

紀元前においても、こんなにも高い陶芸技術を持っていた中国。中国の歴史の分厚さを感じた兵士俑でした。

紀元前においても、こんなにも高い陶芸技術を持っていた中国。中国の歴史の分厚さを感じた兵士俑でした。

最後に始皇帝のお墓参りをして帰りました。

最後に始皇帝のお墓参りをして帰りました。

ジャガ芋に見えるこちら、実はお米のゼリー。山椒と唐辛子が効いてスパイシーです。ジャガ芋が大好きなイギリス人のニールはがっかり。

ジャガ芋に見えるこちら、実はお米のゼリー。山椒と唐辛子が効いてスパイシーです。ジャガ芋が大好きなイギリス人のニールはがっかり。

牛串焼き、肉が小さいんですが、その分タレが染みていて美味しいです。何本でも食べられます。

牛串焼き、肉が小さいんですが、その分タレが染みていて美味しいです。何本でも食べられます。

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2 thoughts on “2日目 圧巻!兵馬俑

  1. こんなに詳しく写真も手に取るように写してくれて本当にありがとう〜♪♪
    凄い迫力ですね〜!勉強しました。
    兵馬俑見つかって40年ぐらいかな?まだ途中なんて凄過ぎる!
    秦始皇帝のお墓参りしてナイスでした(*^^*)

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    • 偉大な男は大変ですね、多分『殉職する!』とか言い出す部下がたくさんいたんだと思います。それを諦めさせるかわりに、こんなフィギュアを作らせたんだと笑

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