1日目 ブッダガヤ満喫!

ルンビニ。

クシナガラ。

サールナート。

お釈迦様が生まれた場所、亡くなった場所、初説法を開いた場所と巡ってきた世界一周婦人と俺。そしてついに、仏教四大聖地でも最も重要と言われる、お釈迦様が悟りを開いた場所、ブッダガヤへとたどり着いた。しかもクリスマスに。旅してると、出会った人と『あんた何教?』みたいな話になることは、たまにある。その度に『仏教徒だよ。まー真面目じゃないけどね。』と言ってきた。not serious, very casualだと。しかしブッダガヤでクリスマスを過ごすなんて、本職の坊さんでもなかなか叶わない上に、他宗教に対して批判的だと言われかねない、ハードコア・ブディストじゃないか。ちなみに年末年始はダラムサラ(チベット亡命政府のある場所)で過ごす予定。

4つの聖地を巡ってみて、やはりここブッダガヤがダントツで賑やか。世界各国から訪れている巡礼客が、街に溢れかえっている。特に多いのは、さすがにインド人もしくはネパール人。修学旅行か何からしい若者のグループもたくさんいた。で、それに続くのがチベット人。一番熱心な巡礼客は彼らだろうか。チベット料理のレストランや、彼らのための長期滞在用の巡礼宿もあった。そしてタイ、ミャンマー、ブータンあたりの東南アジアの人々。日本、韓国、中国あたりの東アジア人は少なめ。

宿を出て、真っ先にマハボディ寺院へ行ってみる。こここそ正に、お釈迦様が悟りを得た場所だと言われている。

列をなして寺院に入ろうとする仏教徒たち。我々ももちろんその列に加わる。

列の先には仏塔があって、その中には金色の仏像が安置されている。正直、仏像自体に有り難みはない。まぁこんな感じか、という程度。で、その仏塔の裏側に菩提樹が生えていて、お釈迦様はその樹のふもとで瞑想してたんだという。お釈迦様に倣って、たくさんの人がそこで静かに目を瞑っていた。

ブッダガヤ。個人的には、特別なインスピレーションが浮かんでくるとか、それほどじゃなかったかな。観光地っぽくなりすぎてて。

聖地が聖地であり続けるのって、きっと難しいことなんだろう。アミューズメントパークの延長みたいな気持ちで来る奴もいっぱいいるから、自分みたいな。かといって、徳の高いお坊さんだけ行ってもいい聖地なんてのもどうかと思うし。俺が宗教を起こすときは、気まぐれに遷都する制度を導入しようかな。山の上とか海の底とか、キレイなところに、前触れもなく聖地が動いちゃう。斬新じゃね?

マハボディ寺院を出て、各国が建てた寺院を巡ってみる。これがかなり面白かった。

さすがブッダガヤだけあって、どの国のお寺も力が入っている。んで、どのお寺もその国のカラーが出てて、さながら仏教寺院のパビリオン。

特に凝ったデザインだったのが、ブータン寺とタイ寺。ブータン寺の内壁には、お釈迦様の生い立ちとか奇跡のストーリーが描かれててるんだけど、なんと立体的。カラフルで造りも丁寧、まんまと『うわー、ブータン行ってみてー!』と思わせられる、見事な出来だった。

技で勝負のブータン寺に対して、タイのお寺はオリジナリティで勝負。ブータン寺で見たようなお釈迦様ストーリーの壁画というのは、クオリティに違いこそあれ、どこでも大抵見ることができる。タイ寺は、そんなありきたりなデザインではない。1人の男が乗った船が難破し、溺れているところを、仏様に助けられる、というもの。お釈迦様ストーリーは仏教徒じゃないとイマイチ意味がわからないけれど、これだったら、より『救い』のイメージが抽象化されてて伝わりやすい思う。またそのタッチが柔和でいかにもタイらしく、『あー、いーなータイ。行きてー。』ってなった。まんまと。

で、群を抜いて渋いのが、我らが日本寺。

どの国のお寺も、多かれ少なかれパビリオン的要素を含んでいるので、記念撮影する観光客で賑やかなんだけど、日本寺だけは静寂を保っている。

悪く言えば堅苦しい。でも、他にはない厳粛な雰囲気にハマる人もいるんだろうな。図書館とか幼稚園とかも境内に併設してて、宗教者としてのあるべき姿を頑固に追求してる感じが、なんとも好印象で応援したくなった。

ちなみに今書いたのは、印度山日本寺、一番大きい日本のお寺。日本人が運営するお寺は他にもあって、もう1つ、仏心寺というのにも行ってみた。

仏心寺には宿坊もあるので、我々のようなバックパッカーにはちょっと有名なお寺。我々も、ブッダガヤではここの宿坊にお世話になろうかと話してた。しかし運悪く体調不良なので、朝夕のお勤めに参加するのは厳しい、というかご迷惑だろうと判断し、普通のゲストハウスに宿泊することとした。でもまぁせっかく近くまで来たんだし、チラッと寄ってみたわけ。

『あ、時間あります?30分くらい。』

『え?あ、はぁ。』

『ショウ吹くんで、見ていきませんか?』

『え?あ、はぁ。』

急展開にたじろぐばかりの婦人と俺。ショウというのは笙(たぶん)、お正月に神社で流れてるBGMの楽器、雅楽とかで使う、ミニチュアの竹やぶみたいなアレのことだった。

『笙はね、15分くらいかけてじっくり温めないと、リードが動かなくて音も鳴らないんですよ。』

ご住職(?)が笙を電熱ヒーターにかざしながら、我々に説明してくれる。なんだかトントン拍子で笙ワールドに引き込まれていく婦人と俺。今でこそ神社の楽器というイメージが強いけれど、もともとは仏教とともに日本に入ってきたもので、もちろん仏教行事でも現役で使用されてるらしい。へー知らなんだ。実に興味深い。それにしても、まさかインドはブッダガヤで、日本文化の話を聞けるとは思ってもみなかった。や、これは日本文化ではなくむしろインド文化なのか?

『じゃ、いきますよ。』

ご住職が入念に温めた笙を口元に運ぶ。

ふぁーーーーーん。

と、堂内に澄んだ音色がこだまする。

曰く笙の音色は、仏様が天国から降りていらっしゃる時に響き渡る音だとか、極楽に住む鳥の鳴き声だとか、そんな風に呼ばれているらしい。なるほどありがたい。クリスマスだし、『真っ赤なおっ鼻のー』とか吹いてくれるのかなーなんて思ってた自分が恥ずかしい。ちなみに、西洋から来たドレミには対応してないので、基本的にそういう曲は吹けないんだそう。アホみたいなリクエストしなくて良かった。

もうちょいじっくりお話や笙の音色を聞きたかったんだけど、今日の夜行列車でブッダガヤを去るので、そそくさと仏心寺をおいとまする。仏心寺も含めて、もうちょいゆっくりお寺めぐりしたかったかな。タイミングさえ合えば、2日3日滞在しても良いと思う。

ということで、次なる街アムリトサルに向け、また巨大なバックパックを担ぐ、世界一周婦人と俺なのであった。

ブッダガヤ。

ブッダガヤ、マハボディ寺院。

寺院の裏にはブッダが悟りを開いたという

寺院の裏側にはブッダが悟りを開いたという菩提樹があります。

お祈り。

心の中でブッダに話しかけます。

ちなみに、ここにもアショーカピラーがあります。コイン投げの対象になっているのはどこも同じです。

ちなみに、ここにもアショーカピラーがあります。コイン投げの対象になっているのはどこも同じです。

静かな聖地を想像してブッダガヤに来ると、驚くかもしれません。お坊さん達が唱えるお経がスピーカーから大音量で流れ、境内中に響き渡っています。

静かな聖地を想像してブッダガヤに来ると、驚くかもしれません。お坊さん達が唱えるお経がスピーカーから大音量で流れ、境内中に響き渡っています。

さて、マハボディ寺院を後にした私達は各国が建てた寺院巡りへ。こちらブータン寺。

さて、マハボディ寺院を後にした私達は各国が建てた寺院巡りへ。こちらブータン寺。

配色はチベット仏教のそれに良く似ています。

配色はチベット仏教のそれに良く似ています。

特徴的だったのが、壁画。鮮やかな色で仏教にまつわるお話が、壁一面立体的に描かれています。どうやって作ったんだろう、その繊細な技術に驚かされます。

特徴的だったのが、壁画。鮮やかな色で仏教にまつわるお話が、壁一面立体的に描かれています。どうやって作ったんだろう、その繊細な技術に驚かされます。

日本のお寺、

印度山日本寺。ここではなぜか、観光客も静かに観光していました。各国の雰囲気が伝わるブッダガヤのお寺巡り。インドで生まれた仏教が各国に広まるにつれてどう変わっていったのかが一つの町に凝縮された、なんとも面白い町です。

 

 

 

Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s